映画『ブルーに生まれついて』(2015アメリカ・カナダ・イギリス)





梅田シネ・リーブルで初日上映。

f0008686_092925.jpg


『トランペット奏者、シンガーとして著名なチェット・ベイカーの伝記ドラマ。圧倒的な人気を誇る裏で麻薬に溺れる彼が、ある女性との出会いを機に再出発するさまが描かれる。メガホンを取るのは、プロデューサーとしても活躍するロバート・バドロー。『6才のボクが、大人になるまで。』などのイーサン・ホークがベイカーにふんし、『パージ:アナーキー』などのカーメン・イジョゴ、『ウォークラフト』などのカラム・キース・レニーが共演。およそ6か月の特訓を経て挑んだ、イーサンによるトランペットの演奏が見どころ。』

(シネマトゥデイより)

チェットのプロでの活動の始まりは、1952年除隊後にカリフォルニアでのジャムセッション。ディック・ボックから紹介でチャーリー・パーカーの西海岸でのツアーで共演するトランペットのオーディションを受ける。当時の様子は、エルビス・コステロとの対談で語っている。

『パーカーと仕事をするためのオーディションが「ティファニークラブ」であるという連絡をもらったんだ。駆けつけるとLA中のトランペッターが集まっているじゃないか。チャーリーが「チェットは来ているか?」というから「ここにいますよ」と返事をしたんだ。それで一緒に二曲演奏して終わると.......パーカーはこう言ったんだ、「みんな今日はどうもありがとう。オーディションはこれで終了だ」ってね』

ツアーの後、パーカーを追いかけてニューヨークには行かず、ロサンジェルスに残り、ジェリー・マリガンのカルテットに参加する。雑誌「ダウンビート」、「メトロノーム」でナンバーワングループに選ばれている。映画ではマリガン時代の様子は描かれていない。ジェリー・マリガンがリーダーだが、チェットに人気が集中。マリガンが麻薬で服役し、リーダーをピアノのラス・フリーマンに入れ替える。マリガン復帰後は、共演はしていない。このあと。有名なボーカルアルバム「Chet Baker Sings」を出す。

映画ではマイルス・デイビスとの関係性を強調していたが、マイルスとの接点は、カリフォルニアのライブハイス「ライトハウス」での演奏。モノラルでの録音で「ウィッチ・ドクター」といアルバムで発表されているが、共演はない。お互いクールなトランペットを目指し、ドラッグに溺れているが、二人の人生は全く別のものになった。

1959年イタリアでカルテットを結成するが、60年にドラッグで逮捕。7年の求刑の所、17ヶ月に減刑。映画では監督に牢獄から出されていることになっているが、真偽はわからない。その後62年にイギリス映画「ストール・アワーズ」に出演するがドラッグでイギリスから国外追放。
64年にアメリカに帰国。65年にマリアッチブラスバンドの録音に参加。当時のアメリカでの流行で作成されたアルバムでチェット自信本意でなかっただろう。映画でもいやそうに演奏。この時代のアルバムがあることは知っているがCDではの再販で見かけたことがなく自分のコレクションにはない。このときにサンフランシスコで暴行を受けて、総入れ歯になった。ここから演奏を再開したのは73年。8年間のブランクが有る。映画では血まみれになりながら、総入れ歯での演奏の練習を続ける。

映画の重要な場面として、ディジー・ガレスピーの骨折りで、ニューヨークのライブハウス、「バードランド」への出演となっているが、史実は「ハーフ・ノート」。メンバーは、ウルソー(ts)、ハロルド・ダンコ(p)、マイケル・フレミング(b)、メル・ルイス(ds)。この後、CTIレーベルで名盤を残していく。映画はバードランドでの演奏で終わるが、何も反省しない男としてふさわしいラストシーンだった。







この映画では、イーサン・ホーク自身ののボーカルが心に響いた。チェットの声をあててしまうと、すごく陳腐な映画になっていただろう。


f0008686_072677.jpg


f0008686_073681.jpg


f0008686_074511.jpg


f0008686_075838.jpg

[PR]
トラックバックURL : http://izunosuke.exblog.jp/tb/27077806
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
by izunosuke2005 | 2016-11-26 13:45 | 映画・観劇 | Trackback | Comments(0)

ワイン、レストランそれと旅行の記録


by izunosuke2005